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伊東屋レッドクリップ選定商品2008への不満

文具王、高畑正幸さんのブログで、文具好きの聖地伊東屋で「RED CLIP SELECTION」(レッドクリップ選定商品2008)カタログが発売されたという記事を読んだので、4日にお江戸に行ったついでに、伊東屋へ巡礼して購入してきました。

商品写真がとてもきれいなのとその割に安価なことはいいと思いますが、その選定基準には少々不満があります。

私は、文具は自分にとっての使いやすさを重視しているので、単なる好みの違いとか、私の基準が世間とは違うというのはあると思います。

でも、自分が及第点をつけなかった、ハイテックC(硬くて目詰まりしやすい)、アラビックヤマト(ボタ漏れする、乾いて出ないなどのトラブルがけっこうある)、ホルダー消しゴムモノワン(期待して買ったのに消しゴムが硬めで普通のMONOのようにさっと消えない)、Vスーパーカラー(普通に文字を書くのにはチップが硬すぎてかすれる)あたりが選定商品に入っていると、なぜこれが数ある文具の中から選ばれたのかな? と思います。
ロングセラーやベストセラー、新製品だからという理由だけで入っているわけではないと思うけれど、他にもっと使いやすいのがあるのになあという不満。

こうやって書いてみると、私は かたい ものが嫌いのようです。筆圧が弱いので、字もなでるように書き、消しゴムもそっと消す。筆圧をぎゅっとかけて書く人には先もつぶれずちょうどいい硬さのものが、私には字を書くのに無駄な力がいるとみなされています。パイロットの製品は、割と硬めな書き心地で、他のマーカーも字がいつもうまく書けずにいるので、Vスーパーカラーの新しいインクの良さ(たとえばペットボトルにもきれいに書けるのりのよさ)より、字を書くマーカーとしての使いにくさを先に感じてしまうのです。
(かたくてもOKなのは、ぺんてるのハイパレイザーくらいです。これは砂消しゴムなのでかたくないと困る。これは選定されていてお気に入りです。)
きっと、多くの人に支持されているから登場しているのだと思いますけれど。

自分が聖地の教典と違う嗜好だとわかって、異端になったようで悲しいのかも。
中学生のときに、文房具のいろいろな雑誌や本でその商品が紹介されていた伊東屋のものは、ぴったり自分の嗜好に合うものだったという過去があるだけに。

たとえば、DUXの真鍮の鉛筆削り器、プラスチックの正方形に近いレターオープナー、ドイツのカラーゼムクリップ、ぶらさげタイプの金属を黒く塗ってあるレタースケール…みんな近所では手に入らず、紹介の写真や文章を読んで、憧れて伊東屋へ行って手にいれて、そのままずっとお気に入り。
ちょっとしゃれていて、でも機能をしっかり備えた小物文具たちに、はずれたと思ったことはなかったのに。

それと、これが選定されていることに、とてもひっかかりを感じています。

グラフフォンファーバーカステル パーフェクトペンシル スターリングシルバー
値段  57,750円。

これ、鉛筆です。
カタログにはきちんと説明がないのでわかりませんが、伊東屋のサイトで見ると鉛筆は3本ついているようです。(でも、胸ポケットにさすタイプなので、普通の鉛筆より短い)
正確には、高いのは鉛筆よりも、シャープナーつきのキャップみたいですが。
このタイプの替え鉛筆は5本で6000円のようです。1本1200円(それでも十分高いが)。
で、その他の部分が5万円以上するわけです。
鉛筆を胸ポケットにさして携帯するための機構が完全に備わっているということのようです。

でも、鉛筆って、万年筆と違って消耗品なわけで、基本的にメモや下書きを書くもの。
消せるのでサインや公文書には使えない。
それ1本で筆記がまかなえるような万能選手ではありません。
それに、57,750円も払って持ち歩きたいと思うのは、こだわりも極まったりというところです。
個人的に趣味を極めるのはかまわないと思うし、そういうこだわりの品を置いている伊東屋をアピールしてもいいと思いますけど、
このカタログは「選定商品」じゃないんですか?

「銀座・伊東屋がお客さまに使っていただきたいと考える
 たくさんの文房具の中から、特に自信を持っておすすめできるものを厳選し」

と、カタログに選定理由が書いてあります。
鉛筆では、伊東屋のイートン鉛筆、ファーバーカステル9000番鉛筆、ステッドラーマルス ルモグラフ製図用高級鉛筆、三菱鉛筆ハイユニ、トンボ鉛筆モノ100 がラインナップされています。
これらが「選定」されるのは納得しますが、世間一般が、5万円の鉛筆の価値を認められるかは大いに疑問です。
こういうものは、「伊東屋こだわりの逸品文具50選」とかで、別に紹介すべきものではないんでしょうか?

なのに、商品説明には、

「特に30代以上の男性の注目度が高く、大切な方へのプレゼントとしても人気の商品です」

…伊東屋って、庶民は相手にしていないところなのね~ って、いきなり突き放される感じです。
「価値がおわかりにならない方は対象外」みたいに。

パーフェクトペンシルの中ではこれはもっとも高いタイプで、もっと安いものもあるし(安いといっても通常よりは相当高いけど)、他の鉛筆を差し込んで使えるタイプもあるようです。(5万円タイプは鉛筆の硬さがBしかないので、他の硬さを使いたい人にはパーフェクトじゃないと思うし)

なのに、店頭で、「このタイプが大切な方へのプレゼントにおすすめですよ」と言われたら嫌だな、と思う。
「やっぱりスターリングシルバーじゃないとね」なんて人ともつきあいたくないと思う。
もらっても困る。使えない。

だって、私は5万円のフェリシモカラーミュージアム500色色鉛筆(当然ながら鉛筆は500本あります)が買えなかったくらいの庶民なんですもの。(買えたのは、後に英語バージョンが期間限定で半額で頒布されたからです。)

うまくいえないけど、
多くの文具はいとしい消耗品。
いくら良いものでも、大勢の人が納得する値段の目安は、やはりあると思います。
そこは無視しないで「選定」してほしいと思います。
(パーフェクトペンシル愛好者の方に喧嘩を売っているつもりではないので、お気に障ったらすみません)

↓パーフェクトペンシルをテストした方のテスト結果が出ています。
「パーフェクトペンシル」の謎を解け

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コメント

この高額鉛筆、10年間カタログに載り続けてそれ相応の売れ行きがあれば、
買う買わないは別にして認めてあげましょう

小金はあるけれど物の価値がわからず、巧みな宣伝媒体の
流麗な言葉の受け売りを頼りにしかできない、
そんな30代の方にはピッタリの商品ですね(微笑)

でも、万年筆メーカーのモンブランが機械式時計をリリースした時、
それなりの話題になっていることを思うと、高名な筆記具メーカーの
後光があったほうがセールス的には良かったのかもしれませんね(微笑)

 

投稿: Leica | 2007年11月14日 (水) 23時50分

自分は、「王道」から大きくずれたところを歩いているという自覚がはっきりあるので(爆)、「自分の好み」と「多くの人の評価や好み」が一致しないことに関しては「わかりきったことなので、どうでもいいや」と思っています。
ただ、あれこれと文具関係の書籍を見ていると、どれもこれも出てくる店、商品が同じだと感じることが多く、そして「ハッタリ」が幅をきかせているように思えて、あまり好きになれないことが多いですね(なので、この手の書籍を購入したことはほとんどありません。本屋でパラパラとめくって「ああ、これも同じね」で終わり、ということがほとんど)。
価格に価値を見出す人がいれば、それはそれでよいのだと思います。ただ、おしなべて同じような価値観の本ばかり出てくるのはうんざりです。

投稿: 早瀬かをる | 2007年11月15日 (木) 00時16分

Leicaさん
その高額鉛筆を使ったことがないので自分ではなんとも言えないんです。持っただけで素晴らしい発想が浮かぶような魔力を秘めたスターリングシルバーの輝き、なのかも♪
この細工にこのプリントでン万円は安い、の金子服みたいなものかなと思います。(だから大枚はたく価値があると思う人がいても別にいいと思う。) 
スターリングシルバーが高いのは、ムーブメントが同じで、宝石の数がたくさんついてるので高額になってる時計みたいなイメージです。
私は鉛筆はユニやモノ、携帯シャープナーはダックス、そうでなければ肥後守で十分なので、文具に5万円以上出すなら別のものがほしいですね。
カタログにのっていた万年筆の5万円クラスのものは、ほしいとは思わなかったけど、値段に特に文句がないのは、キャップだけでなく全体が長持ちするからでしょうか。

投稿: けふこ | 2007年11月15日 (木) 00時18分

>ムーブメントが同じで、宝石の数がたくさんついてるので高額になってる時計みたいなイメージです。

宝飾時計はモノに組み込まれているから
意味があるけれど、この「鉛筆」は、
書くものと納めるものがモノとして
一体化していないと思えるところに違和感を感じます

>キャップだけでなく全体が長持ちするからでしょうか

そういうことですね
本来の目的の筆記部分が消耗品 キャップは正に飾り
これを作ったメーカーは歴史もある会社ですから
鉛筆自体の品質も申し分ないでしょう
ただ、鉛筆とキャップ お互いを分離した時に
双方にどれだけのモノとしての「煌き」があるか?、
ということですね
 

 

投稿: Leica | 2007年11月15日 (木) 00時52分

早瀬かをるさん こんばんは
金太郎飴的な評価、ハッタリはお嫌いですか(^^)
私は文具の本はそれなりに持っていると思います。狭いテリトリーにいると、こんないいものがあったのを知らなかった、気づかなかったということも多いので、ガイドブック、紹介本はほしいなと思います。
でも、その人自身の感想が出ていないと、確かに同じようなラインナップになりがちで退屈ですね。
経費で落としたようなものではなく、自分の懐を痛めて買って、それだけの価値があったというときに、初めておすすめの品になるかなと思います。(それだって、価値観が違う人もいて当然だと思うし。) 私が高畑さんの本を気に入ったのは、世評ではなく、ご本人が使い込んだ上での選択だとはっきりわかったからです。
今回の伊東屋選定商品には、ここに出ている文房具の良さを多くの人に知ってほしい、という熱さがあまりないような気がしました。私が文章人間だからそう感じただけで、ビジュアル派には写真で良さをアピールしていたカタログなのかもしれないのですが。

投稿: けふこ | 2007年11月15日 (木) 00時53分

Leicaさん
金属と木の一体化を感じないですか。
鉛筆がナチュラルな仕上げになっているからかもしれないですね。(でも、この金属部分が高く評価されているのでしょう)。
Kero556さんの紹介されているコーリン鉛筆の中に、この高級鉛筆タイプの溝模様つきのものがあるんです。
http://colleenpencil-fun.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/colleen_6564.html
私は、初めから短いパーフェクトペンシルより、普通の鉛筆サイズのコーリン溝鉛筆を使ってみたいなあ。手にフィットするか興味があります。
鉛筆はあの長さも好きなんですよ。それがだんだん短くなっていくはかなさも。
初めから短いパーフェクトペンシルは、短いというそれだけで、使うとなくなっちゃう感が強そうです。

投稿: けふこ | 2007年11月15日 (木) 01時17分

どんなジャンルの本でもいえることですが、安直なつくりかた(すでに出ているものと同じような素材・切り口で手軽に仕上げた感じ)のものは、あんまり見たくありませんね。好きという人はそうそういないと思いますが(笑)。

骨董系文具(ってことばがあるのかどうかわかりませんが)はもともとあまり興味がないし、めくってみても「自分には合わない」で終わり(この手のものは特に「ハッタリ」が多いので苦手)。雑貨系文具の本は、ちょこちょこと持っているものもあるかなぁ…でも、同じ著者の本をいくつも持つ必要はないようにも感じます。
フリーペーパーはとりあえずもらってくる、という感じですが(笑)、「無料だからもらってくる」だけで、あまり内容に興味をひかれるものはなかったりします…。

投稿: 早瀬かをる | 2007年11月15日 (木) 20時56分

フリーペーパー(冊子)の「Bun2」は私は大好きでとってあります。エッセイやハウツーのほか、新製品が紹介されているのも魅力の一つ。新製品は使ってみないとわからないけど、何しろ、地方に住んでいると新製品が入荷しないことも多いですから。世間の評価が定まってから、なんてかまえていると、姿を消してしまうものもあるので。でも、定番に比べると当たり外れは出ますね。
骨董系文具は、老舗の高級伝統製品みたいなもの?
よく「男の文房具」とか言われるような、割と重厚な雰囲気のあれ。

投稿: けふこ | 2007年11月15日 (木) 23時25分

こんにちは。通りすがりの文房具ファンです。
文具のサイトやブログをうろうろしていたら、初めてこちらに辿り着きました。
一つだけコメントさせてください。
私はパーフェクトペンシル(2万5千円の方)を、人からいただいて持っています。もうひとり、知り合いの年長者は5万いくらの方を所有しています。
その人は昔から文房具が好きで、いつもは、使いやすいという理由で国産のボールペンや鉛筆を指名買いしています。パーフェクトペンシルは「鉛筆でこんなものを作る馬鹿馬鹿しさが好き」という理由で、お金を溜めて購入したと聞いています。日常使いはしておらず、たまに使って楽しんでいるようです。
私に至っては、好みの問題から鉛筆はまったく使っていません。しかし、パーフェクトペンシルをいただいたときはすごくうれしかったですし、それをくださった方を「わかってない人だな」と感じたことは一瞬もありません。また、私は自分でパーフェクトペンシルを買いませんでしたが、公文書に使えない消耗品だからという理由で、5万円の鉛筆を買う人を特別視しません(ただし5万円の鉛筆を含むすべての耐久消費財は例外なく消耗品だと思います)。
さらにいえば私も知人も、庶民以外ではありません。お金をやりくりして初めて文房具を買えています。付け足すと、巧みな宣伝媒体の流麗な言葉の受け売りを頼りにしかできない人間でもありません。買うなら好きなもの、自分に買えるものを買います。たとえば私はカランダッシュのボールペンが好きですが、オフィスラインを持っていながら銀のモデルを買うことはあります。しかし銀モデルを2本以上持ちたいとは思いません。


記事を拝読して、そのカタログが気に入らなかったことはよくわかりました。パーフェクトペンシルの選定に疑問をもっていることもよくわかりました。ブログというのは個人の意見を開陳するために、その人みずから作った場ですから、正当です。
でも、そこまでにするべきだと思います。そうしないと、単なる2ちゃんねるです。特定のものの悪い点をあげつらう必要はありません。使っている人に悪いからではなく、カタログが意に染まなかったことを述べるのに不要だからです。
また、日本の道路で不自由することを承知の上で、家賃と食費を切り詰めてフェラーリに乗っている人に、トヨタ車がいかに安くて優れているか、それを買わないのがどんなに愚かなことかを説くのは、根本的に意味がありません。なにより、物事の悪いところばかりを見ていては何も始まりません。
もし本当にパーフェクトペンシルの不完全さを糾弾したいのなら、ファーバーに手紙を出すか、少なくとも輸入会社に意見を言うのが筋です。


そのカタログは私も買いました。私見としては、日本で一番いろいろな人がやってくるだろう大きな店で、さまざまな好みの人に「選定」の結果を示すのだから、幅が広くて当たり前と思いました(納得できるものだって、少しは載っていたのでしょう?)
むしろヤマトの糊とパーフェクト~が同じ比重で載っていることが、おもしろいと感じました。100円も5万円も、文具はそれぞれ美しくておもしろいでしょう、と言っているように理解しました。「これが載っていてほしかったなあ」と思うものはありますが、だからといって不満ではありません。ちなみにパーフェクトペンシルの載っているところは、「こだわりの筆記具」という分類になっています。
最後に、文具王本も愛読していますが、著者の名前を明記する著書と、お店のカタログでは、それこそ商品としての意味が全然違います。

投稿: 通りすがり | 2007年11月16日 (金) 23時30分

通りすがりさん はじめまして
パーフェクトペンシル所有者の通りすがりさんに不快な思いをさせたようで、申し訳ありません。

先にも書いたとおり、私はパーフェクトペンシル愛好者そのものを非難しているわけではありません。
お知り合いの方の「鉛筆でこんなものを作る馬鹿馬鹿しさが好き」というお考えにはむしろ好感を持ちます。
文具をよく理解している人が、その価値がわかる人にプレゼントすることも、何も問題はないと思います。
使わなくても、眺めている、所有するだけで満足という人があっても、それも理解できます。

でも、それはあくまで趣味の領域であって、文具の老舗で見識のある店が、広く一般の人にすすめる「選定」品とするのは違うのではないかというのが私の考えです。

このカタログでは、高価な文房具ほど機能についての説明があまりなされていないように思います。他の鉛筆の機能の説明のほうが鉛筆そのものの良さを語り、購買意欲をそそります。
これだけの機能なんだからこの価格を払う価値がある、という商品説明もないまま、相当高価な品を「大切な方へのプレゼント」にすすめる姿勢は私は好みません。

私の好む金子功さんの最新のバルーンパッチワークのワンピースは、13万円以上の値段がついています。
薄い色とりどりの正方形の生地をはぎあわせて、ノースリーブです。
同じく、ブラウスは7万円以上。パッチワークのほか、身頃にびっしりとピンタックが入っています。
たかが洋服、しかも公式の場や仕事に着られるようなものではなく、洋服としての機能が優れているわけもないし(これから冬なのに薄い生地のノースリーブだ!)、着る場所も選びます。

知らない人が見たら「何でそんなつぎはぎの役にも立たない服に13万円(7万円)も!」と思う人がほとんどではないでしょうか?
でも、愛好者にとっては、このデザイン、大きさの変わる薄い生地をはぎあわせる手間、ふんわりさせるバルーンのテクニックの気の遠くなりそうな作業を考えれば、その値段は必ずしも高いとは言えず、ブラウスにいたっては買いたい人がいても足りない騒ぎになっています。(このデザインは金子服を着ている人でも好き嫌いが分かれるタイプですが。)

金子服を着ている人は、自分が払う対価に見合う魅力を服に感じて納得(おおむね ^^;)しているわけですが、このデザインと価格が洋服の標準として一般に受け入れられるとは思わないと思います。
それは自分の好みの選択であり、趣味の領域であるわけで、けなされることがあっても、「だって自分はそれだけの価値があると思うし大好きなんだもの」というだけです。
金子服やパッチワークに興味のない人にプレゼントしたら、「何、このつぎはぎ?」となり、値段を聞いたら、「それだけ払うなら、もっといいものを買ってよ」、と言うんじゃないでしょうか。

趣味のものは、その趣味を持ち、その価値がわかる人に贈るべきで、一般的な「大切な人」へのプレゼントは、その人の趣味をよく考えたものにしたほうがいいと思いませんか?
すべての人が文具に重きをおいているわけではないのだし、お金をかけて、価値がわかってもらえなかったらがっかりでしょ。


なお、
>でも、そこまでにするべきだと思います。そうしないと、単なる2ちゃんねるです。特定のものの悪い点をあげつらう必要はありません。
>なにより、物事の悪いところばかりを見ていては何も始まりません。

このご意見には賛同しかねます。
支持や賛同の意見を書く自由はあり、非難や批判は書く自由がないというのは筋が通りませんし、むしろ、批判や反対意見の中から新しいものが生まれ、改善されていくものではないでしょうか。

私はこの場で、自分が買って使った文具の良いところも悪いところも、自分の感じたように書いています。
世間の評価と違うものもいくつもあります。
このカタログについても同じ姿勢で書きました。
あちこちのブログで高い評価を受けていますから、あえて気になったことを中心に書きました。

すべての人が同じ価値観、感覚で物事を見たら、それはこわいことではないでしょうか。
パーフェクトペンシル大好き、このカタログの写真を見て憧れて購入した、という人がいてもいいのです。
ただ、文具としての鉛筆に5万円の価値を認めない人間もいるということも、同様に認めてほしいのです。

投稿: けふこ | 2007年11月17日 (土) 03時48分

こんばんは、通りすがりの者です。
2回目のコメントを送信いたします。


金子功さんという方は、魅力的な服をお作りなのですね。私は男性のため、女性の服飾には詳しくありませんが、男性的な趣味の分野でも似たような意味・価値・価格の物品に接することがあります。趣味性や専門性が高いがゆえに価値の判断が購入者個人に委ねられるところが大きく、購入すれば満足をもたらしてくれる可能性が高いと同時に、購入後に失敗だったと判明するリスクも内包した、総じて魅力的な物品です。


ところで貴コメントにおいて、パーフェクトペンシルと金子さんの作品をそのまま入れ替えても、論旨は成り立つように思えます。パーフェクトペンシルのシリーズのうち高価な方の一群は、趣味性が高くパーソナルであるがゆえに、作家性の高い、やはり比較的高価な物品と比肩し得るくらいに、購入にあたっては個人の冷静な判断が不可欠である、という理解が可能のように思います。
その一方で、5万円の鉛筆に文房具としての価値を認めないという一文もあります。総合すると、深い理解と覚悟に基づいて趣味性や作家性の高い物品を購入することは、個々人の生活の中で、あってよいし、あって当然という一面もある。しかし、パーフェクトペンシルの高価なラインは、ある価格帯を境にして文房具という範ちゅうを逸脱している。だから、伊東屋ほど一般人の顧客が多い店では、装飾品の域に入るかもしれないそれらの商品を、説明を徹底することなく文房具として勧めるべきではない。こういうことでしょうか。


その論点に対する意見はさまざまに考えられます。私としては、伊東屋ほど大勢の人が来る店だからこそ、文房具の形をした装飾品を求める人もいるであろう、だから選定の一部に入っていてもよいのではないか、と考えています。もちろんパーフェクトペンシルや金子さんの服クラスの物品を、カタログやネットショップで見たからといってホイホイ購入する人はあまりいないだろう(一度は実物を見るだろう)、いるとしたら「そうしてもかまわない人」だろう、という楽観に基づいています。また、カタログ中にある「大切な方」を、特に「一般的な大切な方」ととらえる理由はないように思います。大切な人に何かを贈るのに、相手の趣味を考えないというケースはそれこそ考えにくく、合わないと思えば「やーめた」で済むはずだからです。
いずれにしろ、ここは本来、議論(といっては大げさですが)に値すると思います。伊東屋にしても、むしろ望むところではないでしょうか。


ここで、私が最初のコメントをお送りしたきっかけについて説明します。
きっかけは、貴ブログの記事ならびにコメントのやりとりを拝読して、いたたまれなくなったからです。そのいたたまれなさは二つあり、まず単純にパーフェクトペンシルの所有者としていたたまれなくなったこと。もうひとつは、「期待のカタログを買った→自分の好みではないものが掲載されていた→がっかりした→たとえばパーフェクトペンシルが」という、記事の展開から受けるいたたまれなさです。
伊東屋のカタログというトピックに対して、その内容に意見をするのは、文具好きなら当然ともいえることです。しかし不満だったことの表明というテーマを述べるうち、感情に流されるまま特定の物品批判になだれ込んでいるような印象を受けます。それが意図的であれ、無意識であれ、第三者的に見ればパーフェクトペンシルなど数種類の商品は、「ついで」に批判された形になっています。この形では、伊東屋カタログへの不満という興味深い表題を掲げているにもかかわらず、最近よく言われるところの「引く」感覚を抱かずに読み進めるのは困難です。
現実的に、寄せられたコメント(すなわち読み手の情動の反映)は、そのテーマに即したものにならず、特定の物品批判の方に比重が偏りました。おそらく、お親しい方々のコメントと推測されますが、それだけに記事執筆者を慰める方向に調子が傾いたように感じられます。このコメント群は記事本体とともに、公開であるがゆえに、ここではパーフェクトペンシル所有者を多少(これまた大げさですが)傷つける機能を持ちながらネット上に存在することになります。
しかしより重要な問題は、多少傷つけられたパーフェクトペンシル所有者の誰かが「何だ、こんなブログ」というひと言を呟いて立ち去ることによって、結果的には記事執筆者ご自身が見えないデメリットを被っていることにあると思います。


表現の自由が常に、どこでも保証されているのは当然のことです。どんな媒体でも、基本的には何を表現してもかまいません。ですが、それは、あるテーマを論じることによって、派生的に、あるいは副次的にデメリットを被る人が存在するかもしれないことを意識しなくてもよい、という意味ではありません。
これを学校で習った最もつまらない言葉を借りて言えば、「自由には責任が伴う」となります。しかしこれではピンと来ないにも程があります。私はこれを個人的に「自由には戦略が伴う」と言い換えています。表現の自由に基づいて表現するとき、その表現は何らかの形で、発信する人のメリットになってほしい、しかしメリットは黙っていてもついてこないので、表現する人が、そうなるように工夫する方がいい、という意味のつもりです。自由が保証されているのだから、その範囲内における「程度問題」は恣意的に制御してもかまわない、ということでもあります。
今回の例では、伊東屋のカタログについて、より冷静に意見を交わすきっかけになるくらいに論旨を絞り(特定の物品への言及が増せば増すほど、読み手はそちらに引っ張られるためです)、パーフェクトペンシル等の価値の吟味が必要なら、本論とは何らかの仕切りを設けて意見を展開し、読み手に冷静な判断の機会を与える、ということになります。何かを批判することは、何かの良いところを評価するのと同様、完全に自由ですが、その二つはテクニカルな部分では、鏡に映した関係にはなっていません。批判を実りにつなげる方が、読み手の冷静さをキープしながらしっかり伝え、考えさせるという点において、難しさが伴い、工夫を必要とします。
なお、そもそもなぜ表現を発信する人のメリットになったほうがいいと思うのかは説明できません。直感的にそう思うだけです。


テレビ・新聞・雑誌にWEBサイトを含んだ既存の商業媒体は、(レベルの高低や好き嫌いは別として)基本的にはこの「程度問題」に気をつかうことを前提に成立しています。そうしないと、ある記事や企画に対する意見を交わす土俵が「わやくちゃ」になり、収拾がつかなくなるからです。
逆に、わやくちゃ前提で、表現する人をすべてのタガから解放し、結果的に駆け込み寺のように存在することになったのがネットの巨大掲示板です。ここに開陳されるコメントには大きな意味を持つものも希にありますが、しかしそれは「わやくちゃは礼賛されるべきものである」という見方につながらないのは言うまでもありません。


公開されたブログというものは、ちょうどその二者の中間にあり、いまだに落ち着き先を探しています。が、文房具のサイトやブログには、以前から抑制を効かせた内容のものが多く、そのことが現在のちょっとした文具ブームを継続させるのにも一役買っている、と感じている人は少なくないと経験的に思われます。また、文具サイトのBBSや文具ブログに対して、それらが巨大掲示板的なニュアンスを持たないようにと願う人も多いと、やはり経験的に推測します。このたびのコメントも、基本的にはそういった思いに立脚しています。


悪いところを批判する自由は、その批判を正当なものと読み手に感じさせる工夫をもって初めて、大きな効力を発揮します。どうぞ土俵を整え、楽しく活発なブログをお育てください。


たいへん長くなりましたが、以上が私の意見のすべてです。


投稿: 通りすがり | 2007年11月18日 (日) 02時51分

長い御意見をありがとうございました。
ただそれは、通りすがりさんのご意見、ご見解であり、私の考えではありません。


>多少傷つけられたパーフェクトペンシル所有者の誰かが「何だ、こんなブログ」というひと言を呟いて立ち去ることによって、結果的には記事執筆者ご自身が見えないデメリットを被っていることにあると思います。


別にそれでもかまいません。
万人受けする記事を書くつもりもありません。
私の書き方でもいいという少数の方に読んでいただければそれで満足です。
通りすがりさんのおっしゃることが正しければ、ここは読者を得ることができず淘汰されるでしょう。
もとより、けふこに伊東屋やファーバーカステルのような影響力はないのですから。


パーフェクトペンシルの所有者が、
「けふこという輩がこんな記事を書いてますよ」と教えられて、
「ほっほっほっ、やはり、女こどもにこの鉛筆の価値はわかるまいて」と流したり、
「いや~、自分でも鉛筆にこの値段はあまりにも馬鹿だと思ったんですけどね~、でもどうしてもほしくってね、買っちゃったんですよ~」と笑っていたりするような方でしたら、ああ、パーフェクトペンシルを所有する人って、さすがはゆとりと数寄心のあるお方、と思えるんですけどねえ(^^)

投稿: けふこ | 2007年11月18日 (日) 10時44分

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