明治の舶来木製筆箱の図版 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その3
Kero556さんのブログの一つ、コーリン鉛筆カタログ化計画 ANNEXの記事「倉敷意匠計画室さんのペンケース」で紹介されていた木製筆箱「ならのペンケース」は、2段になっていて、上のふたをずらすと、ストッパーの部分がはずれ、一段目がくるんと回転して下の段のものが取り出せる素敵な仕掛けになっています。
(ペンケースの商品画像は、ショップ Minette の商品紹介ページへ)
これと良く似た形の筆箱が、先にあげました明治43年(1910年)の『伊東屋営業品目録』の中に紹介されています。(→『伊東屋営業品目録』について詳しくは、記事「伊東屋の営業精神 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その1」をごらんください。)
図の上の筆箱がそうで、上の蓋がストッパーの役目をしているところも、上の段に筆記用具用の溝を切ってあるところも、下の段が平らになっているのも似ていて、きっと同じ起源の筆箱なのだろうと思います。
下図の筆箱は一段のみで、その分安価です。
説明がないので、書いてある絵がエナメルのような彩色なのか、彫刻なのか、あるいは単色の彩色なのかはわかりません。
けれど、写真でなく精密に描かれた図版はとても素敵でうっとりしました。
この筆箱は子ども向けのもののようです。
以下、カタログの紹介文です。(旧漢字は新漢字に改め句読点を補い、現代語訳をつけました。)
教育石盤ハ玩具部ヨリ発売シツゝ、筆入ハ当文房具部ノ特別輸入品ニシテ共ニ児童贈答用品トシテモツテコイトイフモノ。
【教育用の石版は(伊東屋の)玩具部から発売しているもので、筆入れは当店の文房具部の特別輸入品であって、ともに児童用の贈答品としてもってこいな品物です。】何故に適当デアルカトイヘバ、一ハ智育トナリ、一ハ実用として永久使用セラルゝヲ以テナリ。
【なぜ贈り物として適当であるかというと、一つ(石盤)は智を育てるものであり、一つ(筆箱)は永久に使われるものだからです。】故ニ、斯ル場合ハ、何ヲオイテモ其ノ何レカ、或ハ二種トモ御用命肝要ナリ。
【なので、このような(贈り物の)場合は、何を置いてもそのどちらか、あるいは両方ともご注文くださるのが大事です。】
そんなこと言われましても^^;
さて、この筆箱は現在ならどの程度の値段なのでしょうか。
当時と今では物の価値が変わっている場合もありますが、例として鉛筆をあげて比べてみましょう。
この伊東屋のカタログには高級品の鉛筆しか出ていないので、別の資料を使いました。
『続・値段の 明治大正昭和 風俗史』(週刊朝日 編 朝日新聞社)は、いろいろな品物の値段の変遷を集めてある本ですが、その中の「鉛筆」の値段を見てみます。
一番近い時代は明治40年で、このときの鉛筆の値段は2厘です。(同書 P65掲載 資料提供:日本鉛筆工業協同組合、三菱鉛筆)
鉛筆の種類は、学童・一般事務用の普及品の標準小売価格だそうですから、今なら三菱の9800番かトンボの8900番、1本40円程度≒2厘と考えてみると、1銭は200円くらいになります。
となると、くだんの品々の値段は、
・教育石盤(38銭) … 7600円
・二段式筆箱(35銭) … 7000円
・1段筆箱(23銭) … 4600円
…これが、「趣味の文房具」じゃなくて、「学童用文房具」なんですよ~
しかも「何ヲオイテモ其ノ何レカ、或ハ二種トモ御用命肝要」って言いきってるあたり…凄い。凄すぎる。
実際は、15銭~50銭のものがあるので、舶来筆箱の値段は3000円~1万円っ!
もちろん、当時の舶来ものは今とは比べ物にならない貴重品で高価なのでしょうが、これからこのカタログの商品の値段を見るたびに、ギャ~! と叫んでしまいそうです 笑
※値段の換算については、資料によって変わると思いますので、あくまで参考ということで。
もっといい換算方法をご存じの方がいらっしゃったらぜひ教えてください。
【追記】
この形の筆箱(ドイツ製)の画像が出ているブログを見つけたので紹介します。
→ブログ「ふいんす」の記事 「筆箱(Pencil case)」
ドイツの老舗文具メーカー「RYLA(リラ)」の製品だそうです。(現カタログにはないらしい)
溝の切り方は「舶来製筆箱」と多少違いますが、蓋をずらすと上の段が回転する仕組みは同じ。
12年前にドイツに行かれたご友人からのお土産だそうです。
100年くらい使えるんじゃないかと書かれているくらい丈夫そう^^(だったら高価でも元はとれるのかも)
→ブログ「ドイツおもしろ生活」の記事 「古い筆箱 ☆スライドするんです☆」
蚤の市で買われた、同じく回転式で、蓋にcmとインチの目盛りがついているタイプの筆箱の画像が掲載されています。
ドイツではインチは使わないので、イギリス向きに作られたの製品かも、という推測をされています。
そちらの蚤の市ではよく見かけるけれど、「アールヌーボー調の絵が描いてあったりすると一気に値段も上がる」そうで…
ということは、伊東屋の図版のタイプは「絵が描いてある」ものではないかしら。
【続きの記事】
→ 「『文房具の歴史』(野沢松男)の筆箱考察 ~続・明治の舶来木製筆箱の図版~」 へ
→ カテゴリー シリーズ:筆箱事情調査 へ
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コメント
こんばんは
た・・・高いですね(^^;)
今も昔も教育にはお金がかかるということでしょうか?
値段の換算って結構難しいですよね
関係ない話ですが、ガソリンの値段がこの3ヶ月で
50%もの変動がありました ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ
もしも50年後にこの時代のガソリン価格の換算をすると
その変動幅に世情に何があったのかまで調べる必要が
あるかも知れませんね( ^ー^ )
投稿: 松本麗香 | 2009年1月28日 (水) 23時12分
松本麗香さん
高いです~
でも、これは「高級舶来筆箱」だからでして、庶民はこんなものは使っていなかったと思います。
鉛筆自体が貴重品のはず。
先の資料本で、大正末に小学生時代を送った、元慶応大学塾長の佐藤朔さんが、鉛筆は1本1銭の頃で、2本も持っていれば十分でありかつ大威張り、ダース買いなど夢のような話で、中学入試でさえせいぜい3,4本と、切り出し、消えない消しゴム、厚紙の下敷きを持って行ったと書いていらっしゃいます。
ここに出てくる「石盤」からして、鉛筆ノートなしで何度も書いては消す性質のものですし。
こんなすごいものを「そちらのお坊ちゃんに」なんて買えた人はごくごく稀だったことでしょう。
電気製品なんか、発売されたときはものすごく高くて、だんだん改良されて大量生産されて安くなっていきますよね。
でも、物価は上がって行ったりするから、実際に感じるお手頃感みたいなものは簡単に割り出せないでしょうね。
今の100円ショップの値段など、もう換算表にしようがないかも。
投稿: けふこ | 2009年1月28日 (水) 23時48分
TBありがとうございます~。
なるほど、これが例のかつて伊東屋さんで販売していたという筆箱ですね。ほんとによく似ているなぁ。舶来製とのことだけど、何の木を使っていたのかしら。
投稿: Kero556 | 2009年1月29日 (木) 11時02分
Kero556さん
コメントありがとうございます。
そちらのコメントにこの筆箱のことを書いても図版がないのでは意味がないので、こちらをアップしました。
これ、舶来ものだそうですが、こういう木の細工物は、日本の指物と同じ雰囲気を持っていますね。
ふたをずらすと段が回って下のものを出せる、なんていうと、箱根細工のからくり箱を連想してしまいます。
人間の考えることはどこでも似ているものなのか、知らないところで影響しあっているのか。
模様が絵か彫刻かもわからないので木の名前はわかりませんが、現代に近いドイツのものは「たぶんブナだと思う」とブログに書いている方がいました。(このあと、記事の方にブログへのリンクを追加しておきます。)
絵や彫刻はしていませんが、かなり最近までこの形が流通しているらしいドイツってすごい。
投稿: けふこ | 2009年1月29日 (木) 19時53分
こんばんは
そういえば所有する小物入れも
ドイツのブナ製でした
これは最近製造のものですけれどねww
投稿: 松本麗香 | 2009年1月29日 (木) 22時20分
麗香さん こんばんは
ドイツではブナ(ヨーロッパブナ)がよく使われているのかもしれないですね。
ドイツのイメージとも重なり、重くて頑丈そうな気がします。(私はブナのものは持っていませんが)
現在、実際に古い筆箱を買った人が長持ちしそうだと感じているのですから、伊東屋の説明の「永久使用」もあながち誇大広告とは言えないのかも。
投稿: けふこ | 2009年1月29日 (木) 23時51分