伊東屋の営業精神 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その1
文具店の老舗、銀座伊東屋の創業は、1904年(明治37年)です。(出典:ザ ステーショナリー―銀座・伊東屋100年物語 P.68)
1947年(明治40年)には、『伊東屋営業品目録』というカタログをすでに発行しています。
その改訂版、1910年(明治43年)の『伊東屋営業品目録』を入手しました。
カタログは「非売品」とあるので有料ではなかったようです。
最後の切り取られたページは注文用紙でしょうか。
このカタログを見て注文をされた方のものらしく、表紙裏には何をいくつ注文するという書き込みがあります。
表紙の文字と絵はモスグリーンのインク、営業精神などは青インク、商品説明は黒インクと、印刷業も営んでいた伊東屋の印刷見本にもなっているのでしょうか。
つやつやの紙に印刷された店舗の写真ページもあります。
この目録からは、当時の伊東屋のことだけでなく、その時代の空気を感じさせるものがたくさんあり、資料としても大変おもしろいものです。
精密に描かれたいろいろな文具の図版は素晴らしく、よく文房具の本にも紹介されています。
今回取り上げるのは、序文の「伊東屋営業精神」です。
候文で書かれた文章は現代語訳にはない力強さがあります。
太字は原文、【 】内は現代語にしてみました。
・旧漢字は新漢字に改めました
・補った表記はカタカナにしてあります(例:奉存候 →存ジ奉リ候)(不 → ~ズ)
・句読点を補いました
伊東屋営業精神
謹啓
益々御清栄、大慶ニ存ジ奉リ候。
【(皆様の)ますますの御清栄を 大変めでたいことと思っております。】事務の整頓は、新式なる帳簿組織と進歩せる文房具の活用によって、始めて敏活なるを得べし。
【事務を整頓することは、新式の帳簿組織と進歩した文房具を活用することによって、初めてすばやく行えるようになるのです。】文明の書斎と事務室には、文明の文房具を要すること、敢えて申し上ぐるまでも之無き義と存じ奉り候。
【文明の時代の書斎と事務室には、文明の文房具を必要とすることは、あえて申し上げるまでもありません。】然しながら、習慣の力は、往々この新式用具の使途を鈍らしめ、改善に躊躇致さす場合も之有リ候は、遺憾に堪ヘズ候。
【しかしながら、今までの習慣で、往々にしてこの新式用具を使うことが遅れ、改善することに躊躇する場合もあることは、とても残念に思います。】将来、事務倍々多端を極め、各種の新経営を促す時代に於いては、到底旧来の大福帳的巻紙的のものにては、如何に敏活なる事務家とても能く完全を期すること不可能の義と存ジ奉リ候。
【将来、事務がこの上なくどんどん増えていき、いろいろな新しい経営の仕方を促す時代においては、到底、今までの大福帳や巻紙のような文房具を使っていたのでは、どんなに優秀な事務家でも完全な仕事ができると期待はできないと思います。】されば、一刻も早く茲に意を注がれ、漸次改善の途につかれ候はば、始めて旧来の迂なりしを悟り、改善後の如何に利益の多大なるかを讃せらるる事と相成ルト申ス可ク候。
【なので、一刻も早くこの点にお心がけになり、少しずつ改善されていけば、初めて、旧来の方法がどんなに非能率的であったかを悟り、改善後の利益がいかに多大であるかと称賛されることになると申し上げることができます。】改善の一日早きは、一日多くの利便を得る儀に他ならず候。
【改善を一日早くすることは、一日多くの利便を得ることに他なりません。】(後半に続く)
この文章から感じられるのは、少し前のOA革命、コンピュータシステムの導入の時のような勢いです。
文明開化の時代、これから飛躍的に増えていく事務を、いかに能率的に処理していくか。そのためには、新式の文具により事務を改善していくことがどうしても必要なのだという熱い語り。
文房具がまず事務用品として重大な意味を持っているのがわかります。
次回は序文の後半です。
《この部分に言及しているサイト》
☆店主敬白~銀座伊東屋 … 同じく明治43年の目録の文章をとりあげています。
☆伊東屋 文具物語 … 明治40年、43年の目録の文章をとりあげています。
【このシリーズの続きは】
→ 「伊東屋の営業精神 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その2」
巻頭言の後半を扱っています。
→ 「明治の舶来木製筆箱の図版 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その3 」
この目録にのっていた木製筆箱と現代の筆箱の相似点を書いています。
→ 「『文房具の歴史』(野沢松男)の筆箱考察 ~続・明治の舶来木製筆箱の図版~」
筆箱が日本起源のものかという野沢氏の考察に、児童文学の内容をあげ、外国にも筆箱があったのではという異論を書いてみました。
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