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『文房具の歴史』(野沢松男)の筆箱考察 ~続・明治の舶来木製筆箱の図版~

このブログの先の記事 明治の舶来木製筆箱の図版 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その3 と同じ図版が、書籍『文房具の歴史』(野沢松男 文研社)のP.262~263に掲載されています。

筆者は、筆入れについて「どうやら誕生は日本のようだが…」と推測しています。
理由として、

「奇妙なことに欧米の学童は筆入れというものを持っていない。」
「最近のアメリカでは香港製の筆入れが一部で出回っているというが、日本のように学童・学生の必需品としての存在になってはいない。」
「ヨーロッパの文具店には、鉛筆、カラーペン、ボールペンなどが、数本セットになって筆入れのようなケースに入って売られているが、箱だけを商品として扱っている例は、まず見かけない。」

などをあげ、机がなくては書きものができなかった欧米では、筆記具とインクは机に付随するものであり、筆記具を携帯するというのは、巻紙と筆文化だった日本の特性。
ゆえに、その文化も日本で発達したものだっただろうというのです。

Photo_3 日本の学校教育も、石筆と石盤からはじまり、広く鉛筆が使われるようになったのは、国産品が潤沢に出回るようになった大正からだろうという推測です。
筆と墨なら筆箱は使えないわけで、鉛筆が普通に使われるようになり、それを持ち歩くために筆箱が必要になり発達したというのですね。

ただ、この伊東屋の舶来製筆箱の資料が残っているために、筆者も欧米に筆箱がなかったとは言い切れないようです。
(この本には「子供への贈り物として人気があったという。」と書いてありますが、カタログには先の文章しかないので(贈り物としてもってこいだと伊東屋がプッシュしている)、別に伊東屋から取材したのかもしれません。何しろ高価ですから、大勢が買えたとは思えず…

私は欧米一般の事情はわかりませんが、ポーランドには筆箱があると思います。
それは、以前ここに書きましたポーランドの児童文学『ぼくはネンディ』(マリア・コブナツカ:作 内田莉莎子:訳 山脇百合子:絵)の中に、主人公である粘土の人形ネンディの家として、はっきり筆箱が出てくるからです。
(→『ぼくはネンディ』の内容については、記事愛したのは文具のせい?~『ぼくはネンディ』~をご覧ください。)

改めて読んでみたら、これも木製筆箱でした!

 ぼくは、ねんどでつくられたちっちゃなにんぎょうです。
 だから、ネンディって名まえなんです。
Jpg  ぼくはすてきなうちにすんでいます。しきりのある木のへやです。ぼくのとなりのへやにすんでるのは、おでぶで色の白いけしゴム。「ネズミ」って名前です。けしゴムのすぐそばには、ぴかぴかでとんがったペン先が四本。はんたいがわにすんでいるのが、ペンじくとえんぴつとナイフ。
 ぼくは、はじめ、ぼくらのうちが、なんて名前か知りませんでした。でも、もう知ってますよ。ふでばこっていうんです。 (同書 p12)

 けさ、ぼくらはみんなで、トーシャがふでばこをカバンに入れてくれるのを、まっていました。それなのに、トーシャはぜんぜんきません。つくえの上でまちつづけました。 (同書 p63)

中身が「ペン先 ペン軸 鉛筆(すずのキャップつき) 消しゴム ナイフ」であるなら、これは一般的な筆箱と思えますし、主人公のトーシャはこの筆箱を家でも学校でも使っていますので、持ち歩きもしているわけです。(インク壺も登場しますが、筆箱には入っていません。)
それが、このお話の中でとりたてて変なこととして書かれていないわけですから、これがポーランドの子供の日常であると考えられます。

Photo_2 解説では、この話の初出は1931年だそうで、「ネンディをねんどでつくった女の子トーシャを中心に、小学校一年生の学校や家庭での生活が、じつにいきいきとえがかれて」いると書いてあります。
1931年(昭和6年)には、少なくともこういう筆箱がポーランドには普通にあったと思われますし、作者が作品に自分の子供時代を反映しているなら、作者は1894年(明治27年)生まれですから、明治末あたりまでさかのぼることもできるかもしれません。
(ただし、前書きでは、7つの女の子の話をきっかけにこの話が生まれたと書いてあります。)

さらに、先の記事の追記にリンクしたブログドイツおもしろ生活の う~のすけさんは、木製筆箱をドイツの蚤の市でけっこう見かけるとおっしゃってますので、欧米諸国の中でも、筆箱文化があった国となかった国があるのではないかと私は思っています。

学校と家の両方に文具を置く経済的余裕があったかなかったか、あるいはものを必要以上に持たないのが美徳であったかどうか、愛着のあるものを常に使い続ける気持ちが強かったかどうか、学校の机がどのくらい収納ができたか … その地域のいろいろな事情で、筆箱は必要なかったり、必需品だったり、一定の形を保ったり、多様に発達したりするものかもしれないですね。

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【この後も筆箱事情を調査し続けています】

→ カテゴリー シリーズ:筆箱事情調査 へ

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コメント

こんばんは

なかなか興味深いお話ですね☆
筆文化とペン文化 インクと墨汁をつけるところは
同じですが、筆先の硬さが違う事で、収納方法が
違うということですね

今は点と点ですが、資料が集まるにつれ、
点が線としてつながり、核心に迫っていくのですね
まるで推理小説のように(^-^)
 

投稿: 松本麗香 | 2009年1月30日 (金) 22時47分

麗香さん こんばんは
ふと思いついて、文具本をいろいろ開いてみたら、同じ筆箱が出ている本があって、これはとてもいい資料本なんですが、欧米にはあまり筆箱がないというのがひっかかって。
で、あっちこっち持ち出してみたわけです。
こういうのって、調べたいと思っていると、全然違うところからひょこっといい資料が出てきたりするので、現在進行形でおいておきたいと思います。
うちのネタはそんなのばかりなんですけどね^^;
過去記事がつながり、他の方の情報がつながり、最後に何が出てくるのか自分でも楽しみです。

筆を持ち歩くのだと、筆巻きや矢立のように、穂先を圧迫しない容器が必要になりますね。
箱に収納するなら「硯箱」で、基本的に置いておくと思うし。
「筆箱」には「筆」が入っていないのが、何となくおもしろい♪

投稿: けふこ | 2009年1月30日 (金) 23時53分

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