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2010年9月

イタリア児童文学『あくたれジャンの日記』の筆箱 ~筆箱事情調査シリーズ~

このブログでは、「筆箱が日本で生まれて発達した」という説を、本当にそうなのかなと調査しています。
(→ 詳しくは、記事『文房具の歴史』(野沢松男)の筆箱考察へ)

筆箱の現物のほか、筆箱が出てくる児童文学も探しています。
物語の中に筆箱が登場していれば、その物語が書かれた時期より前に筆箱があったと言っていいと思います。
学校生活の中の文房具は日常的な小道具であり、その物語が書かれた時に存在していないものを作者が創作して書く理由がありません。
作者の子ども時代を反映していると考えれば、その物語の発表年をさかのぼって筆箱は存在したとも考えられます。
また、文章中の扱いにより、それがありふれたものか貴重品だったかもおしはかることができます。

今回は、イタリアのヴァンバ(1860年~1920年)の『あくたれジャンの日記』(ジャン・ブルラスカの日記)を取り上げます。(国土社 世界の名作全集22 安藤三紀夫訳より)
この作品は、ヴァンバが1906年に創刊した「日曜新聞」という児童新聞に連載されていた小説で、本として刊行されたのは1912年です。
日記体で、ジャンの一人称で、数々のいたずらが繰り広げられます。

この本の冒頭に、いきなり筆箱が登場していました

9月20日 水曜日 

1870-イタリア軍 ローマ入場の日
1897-ぼくの誕生日

 さあ、これでよしっと。きょうの日めくりを、ぼくの新しい日記帳にうつしておきたかったんだ。きょうは、イタリア軍がローマに入城した日だし、それに、ぼくの誕生日だ。日めくりの下にも、ちゃんと書いておいた。うちへくる友だちがそれを見て、誕生日の贈物のことを思いだしてくれるようにね。
 さあ、それじゃ、いままでにもらった贈物を、忘れないうちに書いておこう。

1 たまのとび出る、すばらしいおもちゃのピストル。お父さんにもらった。

2 こうしじまの服。アダ姉さんがくれた。でも、これは、おもちゃじゃないから、つまらない。

3 すてきな釣ざお。糸や針や、浮きなんかもついてる。そういうものをとりはずすと、ステッキのかわりにもなる。これは、ビルジーニア姉さんから。こいつは、まえからほしかったものだ。だって、ぼくときたら、すごい釣気ちがいなんだもの。

4 筆箱。消ゴムや、赤・青二色のすばらしい色鉛筆なんかも、ちゃんとはいっている。これは、ルイーザ姉さんがくれたものだ。

5 この日記帳。お母さんからもらったんだけど、これがいちばんよかった。

 だって、これからは、ぼくの考えを書いたり、いろいろなできごとを書いておくことができるんだもの。お母さんって、やさしくて、ほんとに、ぼくの気持をよくわかってる。いい日記帳だな。緑色の布の表紙に、まっ白なページ。でも、こんなにたくさん書くことあるかなあ。

『あくたれジャンの日記』p.3~4より

「ぼく」の年齢ははっきり書いてありませんが、物語のいたずらの様子や、すでに日記が書けることを考えると、日本では小学校相当(入学したばかりではない)と考えられます。
11月5日の日記には「学校ははじまるし」という文章もありました。(その時代の休暇や学校に入る年齢については未調査です)
日曜新聞創刊から連載されているとすれば1906年(主人公は9歳の設定になりちょうどよさそう)、遅くても1912年にこの本が書籍として発行されたときには、イタリアの子どもは筆箱を使っていたと思われます。
しかも、それには、消しゴムと赤青鉛筆が入っているのですから、通常の筆記具として鉛筆が入っていたのではないかと思われます。
作者の子ども時代を反映しているのなら、一気に1870年代までさかのぼることになります。

(考察) 1912年(1906年?)頃のイタリアの筆箱事情

・子どもは筆箱を使っていて、それには赤青鉛筆や消しゴムなどを一緒にしまっておくものだった。(おそらく鉛筆も入れると思われる)

・筆箱は個人の持ち物だった。

先の、明治期の伊東屋の通販カタログに舶来文具の筆箱が掲載されたのは1910年。
ほぼ同時期に、イタリアでは筆箱が学童文具として使われているわけです。
文章の扱いから、赤青鉛筆はちょっと珍しく高級な印象がありそうですが、筆箱については特に驚いている描写はありません。

1910年 伊東屋カタログに舶来筆箱が掲載
     (同時期に国産筆箱があったと思われる)

1912年 イタリアに筆箱が存在
     (1906年以前、あるいは1870年代までさかのぼれるかも?)

1931年 ポーランドに筆箱が存在
     (1900年頃までさかのぼれるかも?)

これだけでまだ断言はできませんが、舶来筆箱は日本への輸出向きに作られたわけではなく、イタリアなどで学童文具として使われていたものを伊東屋が輸入した、と考えられるのではないでしょうか。

さらに調査を続けていきたいと思います。

【このブログの関連記事】

→ シリーズ:筆箱事情調査 … 「筆箱は日本で生まれて発達した」という野沢松男氏の推論について、さまざまな面から調査をしているシリーズです。
このシリーズは、資料が見つかった時に書いています。

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口蹄疫支援自転車旅行をした大学生のメッセージ用文具 ~マルマンのスケッチブックとポスカ~

宮崎県の口蹄疫への支援をしたいと自転車で埼玉→宮崎を目指した大学生、小林大地さんのツイッターとブログはとても興味深かったです。
宮崎県庁に到着するまで37日。
長い道のりを自転車で時間をかけての行くというのは体力と時間のある若さを感じましたし(しかもこの猛暑の夏に!)、観光名所を回ったり名物を味わったり展覧会を見たり皿洗いをしてみたりと、旅を楽しむことを忘れないのも肩の力が抜けた感じでよかったと思います。

私はツイッターは何がおもしろいのかわからないタイプの人間ですが、こういう旅行記にはとても向いていると思います。
「○○なう」が、もうそんなところまで行ったんだなあと、とても臨場感があって。
ツイッター仲間がいろいろ情報を書いて旅の計画が整ったり変更されたりするのもまた楽しい。
また、小林さんは、ツイッターでつぶやきっぱなしにするのではなく、後でブログに文章と画像をまとめてあります。
後から読み返しても様子がわかる形で記録を残してあるのがいいと思います。

小林さんは旅行先で会った人たちに、宮崎へのメッセージをスケッチブックに書いてもらい、それを持ってもらって写真を撮ってまとめ、一目で大勢の人が宮崎の口蹄疫問題に関心を持っているとわかるものを作って宮崎に届けるという方法を取りました。

そのメッセージに使用したのは、マルマンのスケッチブックB4サイズ三菱のポスカ(太字)です。
ポスカは、先輩の行ったブロッキーとの比較で決めたそうですが、裏うつりもしないし、不透明ではっきりと書いた文字がわかるのでこれは良かったと思います(私はポスカファンです)。
また、マルマンのスケッチブックは、偶然にも宮崎で生産しているものだったそうです。

小林大地さんのツイッターより

【スケッチブック】僕の旅でメッセージを集めるために使っていたマルマンのスケッチブック。なんと偶然にも宮崎県で生産しているもの。 画像リンク 

【スケッチブック】宮崎県生まれだとTwitterの縁者さんが気付いて、マルマンの広報にこんな青年が!と連絡してくださり…スケッチブックを3冊提供していただきました。しかもマルマン社長からメッセージもいただきました。画像リンク

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