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明治6年の英語テキスト『世界商売往来』のpencase ~筆箱事情調査シリーズ~

明治6年(1873年)再刻(再版のことと思われます)の『世界商売往来』という本があります。
PhotoPhoto_2(初版は明治4年 1871年)
  これは、海外貿易用商品や語彙を集めて編集したもので、始まったばかりの学校教育の教科書としても採用されたものだそうです。
・上段…英語とその読み方(カタカナ表記)と日本語訳(楷書表記)
・下段…崩し字にカタカナの振り仮名、一部はそのものの絵
が掲載されています。
アルファベット順やいろは順ではなく、カテゴリー別(船舶用語 数字 食品 動物 など)に並んでいて、英和辞典にも和英辞典にも使えます。

この本の中の文房具が集めてあるページに、「筆入」がありました。
あいにく、筆箱の図版はありませんが、「pencase ペンケース」に「筆入」という訳がついています。
Photo_3

この事典の他の文房具の訳を見ると、

「ink  インキ」 → 「墨」「墨汁 スミ」
「inkstand インキスタント」 → 「墨汁壺 スミイレ」
「slate スレート」 → 「石盤 セキバン」
「slatepencil スレートペンシル」 → 「石盤筆 石筆 セキヒツ」
「penknife  ペンナイフ」 → 「筆切小刀 フデキリコガタナ」
「paper  ペーヘル」 → 「紙 カミ」
「pen  ペン」 →  「筆 フデ」
「ruler ルーレル」 → 「定規 ジヤウキ」
「foldingstick フオールデクスチック」 → 「箆 ヘラ」
「table テーブル」 → 「机 ツクヘ」
「Sealingwax シールリンウヲツクス」 → 「封蝋 フウジロウ」
「Wafers ウエーフェル」 → 「封糊 フーノリ」

となっています。

翻訳は、両方の国に同じものがあれば置き換えればいいわけですが、片方の国にしかない場合は、新語を作ったり旧来の言葉を組み合わせたりする必要があります。

ここで注目すべきは、pen」  が 「筆」 と訳されていることです。
今の私たちなら、「pen」は「ペン」であり、筆とは違うものと区別しているわけですが、当時は「ペン」では意味がわからなかったから、「筆記用具」として日本にあった「筆」をあげたのだと思います。
インクが「墨 墨汁 スミ」と訳されているのは、日本の墨を輸出のために説明するというより、外国の「ink」を買う時にその用途がわかるようにということでしょう。
それならば、「pencase 」は「ペンの入れ物」であり、「pen」=「筆」、「case」=「入れ物」で、外国の「pencase」を「筆入れ」と訳したのではないでしょうか。

「pencase」は、文字どおり「ペンの入れ物」であったかもしれませんが、「鉛筆の入れ物」であった可能性もあります。
それは、鉛筆を携帯するために使われていた道具が「ペンホルダー」という名前であったりするためです。

アンティーク・シルバーアクセサリー専門店のブログ アンティークの“プライド店長日記”アンティーク 鉛筆ホルダーの記事には、「英国製のアンティーク鉛筆ホルダー。イギリスではペンホルダーと呼ばれています。」と書かれています。
他にも、Donum 1900年頃ベルギー・真鍮・ペンホルダー Ⅱ や ギャラリーグレースBLOG の SILVER Pen Holder England にも、同様の鉛筆用の補助軸が「ペンホルダー」という名前で出てきます。
(もちろん、ペンシルホルダーという言い方で通用していることも多く、「pencil holder」で画像検索すると、同様の鉛筆ホルダーがたくさん見つかります。「pen holder」も意味の幅の広い言葉で、ペンを挿す場所や筆立ても含まれます。)

なので、「pencase」は、「ペン用」か「鉛筆用」か断定はできませんが、存在したことは確かです。

これを、先の年表に入れると、次のようになります。

1873年 pencase=筆入 という訳があり、pencaseがイギリスまたは英語圏にあったと思われる。
     
(初版の1871年までさかのぼれるかも)

1886年 スイスに木製筆箱が存在

1910年 伊東屋カタログに舶来筆箱が掲載
     (同時期に国産筆箱があったと思われる)

1912年 イタリアに筆箱が存在
     (1906年以前、あるいは1870年代までさかのぼれるかも?)

1931年 ポーランドに筆箱が存在
     (1900年頃までさかのぼれるかも?)

その国に、筆箱を指す名詞があるかないかは、そのものが存在したかどうかの手掛かりになります。
その名詞が存在しても、複合語なのか(例:筆+箱=筆箱)、外来語扱いなのか(例:ペン)でも変わってきます。

それに気づいて調べてみたところ、筆箱調査は思いがけず古い時代にさかのぼってしまい、また広がってしまったのでした。(…どこまで続く)

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

『世界商売往来』は、ネット上で読めることが後でわかりました。
古典籍総合データベース(早稲田大学) より、世界商売往来 のページを開き、画像をクリックしてPDFファイルを開きます。

奈良教育大学教育資料館所蔵 往来物の解説 からも、現物を読むことができます。

まだ入手していませんが、『世界商売往来』の索引も存在します。(→『世界商売往来用語索引』

☆鉛筆を挿して鎖などをつけ携帯して使う「ペンホルダー」専用鉛筆については、現物は持っていますが、本の資料が見つからず、いつ頃、どのように流通していたのかまだわかりません。
いずれは別記事で書けたらいいなと思います。

【このブログの関連記事】

→ カテゴリー シリーズ:筆箱事情調査 … 筆箱(筆入れ)の歴史をさかのぼって調べています。だんだん苦手分野が増えてきて、時間がかかっています。

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コメント

こんばんは

お笑いギャグにもなった基礎英語の「 This is a pen 」 の一文が、
時代背景が明治初期の日本だったら、 pen の訳はどうなのかと
考えた途端、一瞬頭がフリーズしてしまいました(@Д@;) 
 
        

投稿: 松本麗香 | 2010年12月 3日 (金) 21時55分

麗香さん こんばんは
そのお笑いを知らないので何とも言えないのですが、明治時代の国語辞典(正確には、できあがったのは明治ではないですけど)『大言海』では、「ペン」の訳は「洋筆」でした。
なので、「This is a pen」は、「此は洋筆也」でしょうか?
…全然レスになってないかも。

投稿: けふこ | 2010年12月 5日 (日) 00時54分

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