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明治3年の鉛筆の呼び名 ~筆箱事情調査 番外~

『はじめて学ぶ日本の絵本史Ⅰ』(鳥越信/ミネルヴァ書房)を読んでいたら、子ども向け絵本の草創期(明治初期)の本として『絵入智慧の環』という本が紹介されていました。
1870年~1872年(明治3年~5年)に発行された全8巻のうち、絵本と呼べるものは『初編上 詞の巻』『初編下 詞の巻』の2冊、いろはの文字とそれにつながる言葉で描かれた絵(例:「い」なら、ひらがなの「いぬ」 漢字の「犬」 「犬の絵」が1ますに書いてある)、簡単な文とそれにあった絵などでできているとのこと。
私の目をひいたのは、次の部分でした。

下巻の内容も似たような構成だが、(中略)一五ページにわたる「わたりもののなよせ」すなわち「外来品の名寄せ」として、「蒸気船」「自転車」「大砲」等々、欧米の先進的科学技術が生みだした物や、「せびろ」「ずぼん」といった日用品などを、絵で示しながらその名称を教えようとしている(図序-4)。
 
     

同書8ページより

図版に「たもと時計(懐中時計)」「寒暖計」「双眼鏡」「かけ時計」「望遠鏡」「晴雨計」がのっているページが出ていました。

外来品の名前が出ていて、子ども向きの本なら、筆箱はないまでも文具はあるだろうかと、『絵入智慧の環』の初編2冊を取り寄せてみました。(復刻版はないようなので、古書)

「わたりもののなよせ」のページで、文具のページは以下のようでした。
Photo_2


出ている絵は、ペン、鉛筆、石板、石筆の4種類。

ペンは確かに「ペン」と書いてありますが、鉛筆は「ペンシル」でない語が先に書いてあります。
しかも苦手な変体仮名で。

たぶん、聞いたことがないけれど「ぽっとろおど」であろうと思います。
なので、解説の文は「ぽっとろおど また ぺんしる とも いふ 石筆といふ ハ くろし」でしょうか。
(自信がないので、詳しい方教えてください)
追記:これは「石筆といふハ『くろし』ではなく、『わろし』と読むことがわかりました。※後述

鉛筆が「ポットロード」と呼ばれ、しかも「ペンシル」より先にくるなんて不思議でした。
頼みの『日本国語大辞典』が今使えないので(足のけがをしているため、置いてある場所に行くのが困難)、普通に「鉛筆」をネットで検索しても、この語は出ない。
適当な綴りではネットでヒットせず、カタカナ「ポットロード」で検索したら…これはオランダ語の「鉛筆」だったんですね。
オランダ語の可能性は考えていましたが、単純にカタカナ検索でよかったのでした。
つづりは、「potlood」でした。

おそらく、蘭学で先にオランダ語の単語が入り、後から英語が入ってきたためにこうなっているのでしょう。

ただ、「石筆と言ふハ黒し」がよくわからない。
日本の石筆は白ですが、ヨーロッパに黒い石筆はあったので、輸入物しかなかった時代なら「黒いものが石筆」という概念だったのでしょうか。
ものの名前や文字を覚える本ですから、まだ珍しいものである「ポットロード」と「スレイトペンシル」の違いがわかるようにとの配慮だと思いますが、鉛筆だって黒く書けるのになあと、ちょっと特徴を表すのには不適切な気もします。
この『絵入智慧の環』の絵つきの名称で、別名が「~ともいふ」のような書き方はいくつもありますが、こういう解説は他にないのです。
作者にもまだなじみがないものだったのかも。

便宜上「鉛筆」と書いていますが、ここには「鉛筆」という語は登場していません。
なので、明治3年(1870年)の鉛筆の呼び名は、「ポットロード」か「ペンシル」ということでしょう。

図版の鉛筆の軸の文字は、不鮮明ですが「EACLEN」の後に「S」の鏡文字と、「2」が書いてあるようです。

   ☆

以前、このブログでとりあげた、明治時代の絵入り英語エキスト『世界商売往来』はシリーズがあって、『続世界商売往来』(明治5年 1872年)には、

Lead-pencil(リードペヌシル)  【訳】 鉛筆(ホットロート)

とあり、図版は、2ダースくらい紙で丸く束ねられたものとばらの鉛筆1本となっています。

Steelpen(スチールペヌ)  【訳】 銅筆 アカガネフデ

のように、ペンは「フデ」と訳しているのに、漢字は「鉛筆」でも、読みが「ナマリフデ」「エンピツ」ではなく「ホットロート」となっているあたり、鉛筆は鎖国のオランダ語時代に既に日本に入っていて、「ホットロート ポットロード ポットロート」などで通用していたのかもと思います。

ただ、『続々世界商売往来』(明治6年 1873年)では、職業の一覧の中に、

Pencil-maker(ペヌシル メーカル) 【訳】 筆匠(フデシ)

という記載もあり、この場合は ペンシル=筆 です。
そのほうが本の使用者にはイメージしやすかったのかもしれません。

 「石筆といふは わろし」の読みが出ていたのは、『明治事物起源』(石井研堂)です。
この本に行きついたきっかけと、ポットロード等の詳しい内容は、また別に書きたいと思います。

 

【参考資料】

世界商売往来用語索引 (飛田良文 村山昌俊/武蔵野書院) … 『世界商売往来』シリーズの用語索引ですが、原本の複製もついているので、元の絵や表記が楽しめます。

変体仮名とその覚え方(板倉聖宣/仮説社) … 良く使われる変体仮名を整理し、特徴をわかりやすく説明している。明治17年の「讀方入門」の教科書の複製つき。

【このブログの関連記事】

→ 明治6年の英語テキスト『世界商売往来』のpencase ~筆箱事情調査シリーズ~ …今回も使った『世界商売往来』の中の筆入について書いています。

→ カテゴリー:筆箱事情調査  … 筆箱がどこで生まれたのかを調べているシリーズですが、筆箱が出てこないこともあります。

シリーズ最初の記事は、
→ 明治の舶来木製筆箱の図版 ~明治43年『伊東屋営業品目録』より~ その3  へ

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